母が帰ってきた日――排泄ケアからはじまった在宅介護の記憶

母が施設から退所して、家での生活が再開しました。
あのときの緊張感は、今もよく覚えています。
「ちゃんとできるだろうか」「母は快適に過ごせるだろうか」――
胸の奥に、期待と不安がぐるぐると渦を巻いていました。
中でも一番戸惑ったのが、排泄のケアでした。
おむつ交換やトイレの誘導は、それまで介護施設の職員さんがしてくださっていたこと。
それを自分の手でやることになると、思っていた以上に心がざわつきました。
最初のうちは、手つきもぎこちなくて、母もどこか落ち着かない様子でした。
でも、そんなときでも母は私を責めることはなく、むしろ申し訳なさそうに「ごめんね」と言ってくれることもありました。
本当は一番つらくて、恥ずかしい思いをしていたのは母の方だったのかもしれません。
排泄の処理は、匂いや汚れと向き合うことだけでなく、自分の中の感情とも向き合う時間でした。
「なんでこんなにしんどいんだろう」「自分は向いていないのかもしれない」――
そんな弱音が何度も頭をよぎりました。
でも、ある日ふと、母の顔が穏やかにほころんだ瞬間があって、
「おうちがいいね」とぽつりと言ったんです。
その言葉に、心のどこかがじんわりと溶けた気がしました。
あのときの母の表情、言葉、肌のぬくもり。
排泄ケアという“日常の一場面”だったはずの出来事が、私にとっては忘れられない思い出になりました。
在宅介護は簡単ではなかったけれど、
こうして一緒に過ごせた時間があったこと、それが今の私を支えてくれています。
――あのときの私、そしてお母さん、よくがんばったね。
今でも心からそう思います。